大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8236号 判決

原告

破産者大映株式会社管財人

上野久徳

右訴訟代理人

河野玄逸

外三名

被告

ザヴィッチャ・ブラゴエビッチ

主文

原・被告間において、東京地方裁判所昭和四六年(フ)第二八四号破産事件に関し、被告が昭和四七年七月五日同裁判所に破産債権として届出をした金額二億八五〇〇万円の損害賠償債権は存在しないことを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文と同旨の判決を求め、別紙(一)の通り請求の原因を述べた。

被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。

理由

一職権を以て按じるに、原告は、当庁昭和四六年(フ)第二八四号破産事件の昭和四七年一一月一三日の債権調査期日において、被告の破産債権には破産法第二四八条第一項の適用がないとの前提でこれに対して異議を述べ、この異議は同法第二四三条により被告に通知せられているのであるから、本来ならば、被告が原告を相手取つて、即ち債権者から異議者に対して同法第二四四条の債権確定の訴を提起するのが筋合であろう。

二ところが本件では、逆に異議者である原告が債権者である被告を相手取つて不存在確定の訴を提起しているのであるから、まず、このような訴の利益が肯定されるか否かが問題となる。

破産法上、異議者の側からの積極的な異議主張は、同法第二四八条第一項が「執行力アル債務名義又ハ終局判決アル債権」即ちいわゆる有名義債権についてのみ規定するところである。給付判決が確定すれば「執行力アル債務名義」となるのであるから、ここにいう「終局判決」が未確定の給付判決や確定した確認判決を含むことは文理上明らかであるが、外国裁判所の判決はどうであろうか。確定した外国判決に民事訴訟法第五一五条の執行判決が伴つている場合は、「執行力アル債務名義」と見るべきこと言を俟たないが、執行判決の伴わない外国判決を直ちに破産法第二四八条第一項にいわゆる「終局判決」と言い得るか否かは、一箇の問題である。

通説的見解はこれを肯定する。これに従えば、被告の債権が原告主張のような外国判決である限り、債権調査期日において原告が被告の破産債権に対して異議を述べるに際し、破産法第二四八条第一項の適用がないとした前提が誤つていたのであり、その反面、同条項により異議者から被告に対し本件のような訴を起すことは当然その利益が認められたこととなろう。

しかし、当裁判所は、執行判決を伴わない外国判決が当然に破産法第二四八条第一項の「終局判決」にあたるかについては疑問なしとしないと考える。蓋し、民事訴訟法二〇〇条により外国裁判所の判決は、確定判決であつても、同条の諸要件を具備する場合に限つてその効力を認められるのであるが、破産債権となるべき給付判決について言えば、右の諸要件の具備の審査は即ち執行判決を求める訴の審理そのものなのであるから、外国判決は、破産法第二四八条第一項の適用上は、執行判決を伴つているか否かにより「執行力アル債務名義」であるか否かが問題となることはあつても、端的に同条項の「終局判決」となることはない、と解する余地があるからである。このように解するとすれば、本件における被告の債権は有名義債権ではないのであるから、原告が債権調査期日において被告債権に異議を述べるに際して破産法第二四八条第一項の適用がないことを前提にしたのは正しかつたと評し得る反面、本件訴はその利益を欠くことになりかねない。蓋し、無名義債権は異議を受けたため確定せず、被告は破産手続において権利を行い得ないのである以上、異議者の方から進んで消極的確認の訴を起す法律上の利益の存在は疑わしいとも言えるからである。

しかしながら、翻つて考えるに、異議の通知を受けた被告が本件債権を有名義債権とするためには、通常の債権確定訴訟を経由する必要なく、単に執行判決訴訟を提起すれば足りるのであり、この訴訟においては、民事訴訟法を第五一五条の明文により、もとの裁判の当否が審査されることはないのであるから、破産債権者としての被告の法的地位が通常の無名義債権者よりも保護されたものであることは否定できないのであつて、この意味では、被告の債権を争う原告の異議につき破産法第二四八条第一項を適用することが前示のとおり疑問であるとしても、これを準用することは十分合理性ある解釈ということができよう。そうすると、本件の原告の訴をどう見るかという点に限つて言えば、同条項の適用を肯定する前示通説的見解に従うのと結局は同じことになる。即ち、被告の債権は有名義債権ではないがこれに準ずるものとして、異議者の方から積極的に消極的確認を求める法律上の利益を肯定してよいと考えられるのである。

三ところで破産法第二四八条第一項によれば、異議者は破産者がすることのできる訴訟手続によつてのみその異議を主張できるのであるから、本件の訴についても、それが破産者が提起し得たものかどうかを検討しなくてはならない。これにつき、原告は、被告が債権確定の訴を提起する場合に関する破産法第二四五条の準用によつて、破産裁判所の専属管轄に属すると論ずるのであるが、前示のとおり同法第二四八条第一項の準用を考える場合、同法第二四五条の準用を論じ得ないことは同法第二四八条第二項の文言からも明らかであつて、この原告の見解は採用できない。本件の訴の管轄は破産者がどういう訴を提起し得たかにより、その訴の管轄裁判所がどこかによつて定まるのである。

本件の被告の債権はフランス国下級裁判所の確定判決である(弁論の全趣旨からそのように認められる。)から、これに対する請求異議の訴は当裁判所の管轄に属し得ないこと当然である。しかしながら、外国判決に対しては、その実体的確定力を本来の請求異議の訴によつて排除することとは別に、執行判決によつて獲得せられるべきわが国内での執行力を排除することを目的とする、いわゆる外国判決不承認の訴を提起し得ると解されるところ、これは債権者の提起する執行判決を求める訴と積極消極相表裏する関係にあると考えられるから、前者の訴の管轄は、後者の訴の管轄に準じ、民事訴訟法第五一四条第二項によつて定まると解すべきである。そして、破産者がこの訴を提起し得たことは言うまでもなく、その管轄裁判所であることは訴状記載の原告肩書地から明らかである。以上の考察によつて、本件の訴は適法である。

四かかる外国判決不承認の訴においては、判決確定後のいわゆる請求異議事由以外には、民事訴訟法第二〇〇条の諸要件の存在を争い得るに止まると解される。ところで、本件において原告は、右の意味での請求原因事実を必ずしも十分に主張せず、単に被告債権の不存在を主張するに止まる観があるが、本件訴状送達に関して仏文の訳文を添付するか否かにつき別紙(二)のとおりそれを不要と考える旨の上申書の提出があつたにもかかわらず、当裁判所としては訳文添付を命じて送達事務を処理したという経緯があり、かかる本件訴訟手続上の経過に鑑みれば、原告の訴旨は民事訴訟法第二〇〇条第二号の要件を争うにあること明らかである。蓋し、被告がフランス国の裁判所において提起した屡次の訴訟の訴状及び期日呼出状がいずれも日本語の訳文なく適法の送達方法によらずに郵送されたという原告の上申を信ずれば、被告主張の外国判決に関し同号の要件の存在を肯定し難いものがあるからである。そして、これらは職権調査の対象となりうべきものと考えられるから、本件原告の訴状における請求原因の記載の不備を右のような認識によつて補充することも許されると考えられる。

五そうすると、適法に訴状及び期日呼出状の送達を受けた被告が不出頭のまま、適法な答弁書の提出をしない以上、民事訴訟法第一四〇条第三項によつて処理することも妨げないであろう。(ちなみに、被告は、期日直前にフランス文の信書を当裁判所を構成する裁判長宛に送付して来たが、日本語文の添付もないので、斟酌すべき限りでない。)

六よつて、原告の請求は理由あるものとしてこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する次第である。

(倉田卓次 井筒宏成 西野喜一)

別紙(一) 請求の原因

一、(原告の資格)

大映株式会社(設立準拠法日本法、本店所在地、日本国東京都以下大映という)は昭和四六年一二月二三日東京地方裁判所において破産宣告を受けた。(東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第二八四号)

原告は、昭和四七年五月二三日前管財人入江一郎、同石川秀敏の後任として同裁判所により、右大映の破産管財人に選任され以来大映の日本国内における一切の財産(以下破産財団という)に関し、専属的管理処分権限を有し今日に至つているものである。

二、(被告の債権届出)

被告(国籍ユーゴスラヴイア、現住所フランス国パリ)は、破産前大映との間にかわしていた契約に関連して、同社に対し金二八五、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償債権を有することを理由に、昭和四七年七月五日東京地方裁判所に同額の債権届出をなし、破産財団への配当加入を主張している。

右届出には訴訟係属ありとの記載があり、また届出書にはフランス国で宣告された被告と大映との間の判決書の写と覚しき書類のみが添付されている。

これを要するに被告においては、同破産債権をもつて日本国破産法第二四八条一項にいう執行力ある債務名義または終局判決ある債権である旨を主張しているものと考えられる。

三、(原告の異議と被告の対応)

一方原告は、右届出に日本国裁判所の執行判決の添付がなく、かつフランス判決の国内効承認の要件にも心証がえられなかつたゝめ、被告の破産債権には破産法二四八条一項の適用がないものと判断し、昭和四七年一一月一三日の債権調査期日において疎明欠缺等を理由に右債権に異議を述べ、その後裁判所より被告に対して異議通知がなされた。

四、(訴の根拠)

ところで、被告届出に添付されたフランス判決は下級審ながら大映に無条件の金員支払を命じているものと考えられるため被告債権が日本国破産法上有名義債権として取扱われる可能性ある。かゝる場合以後の配当手続において被告債権を排除できないおそれがあるため、右危険を避けるため、破産法二四八条一項に基づき管財人である原告より被告破産債権の不存在確認を求めて本訴に及ぶ。

なお、事情として付言するに、被告はその後もフランス国において原告を相手どつて、破産前の原因に基づき大映の損害賠償義務の履行を求める数次の訴(総額は定かでないが、原告が確知したゝけでもゆうに六〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を超えている。)を順次提起している状態である。

かゝる訴がそもそも許されるかどうかは極めて疑問であるがこの事実に鑑みれば被告は本来破産債権にすぎない自からの請求につき殊更原告の債権調査を潜脱するべくフランスにおける債務名義づくりに全力を傾けそれをそのまゝ日本国内に持ち込んで配当加入を企てゝいるとみるほかはなく、極めて態様が悪質であるので国内の弱小債権者の権利保護のためにも、被告債権の不存在確認を強く求めるものである。

五、(管轄権の存在)

本件訴えは、破産債権確定の訴と訴訟物が全く同一であり相異点は起訴責任者が不明なため原、被告が逆転している点にのみ求められるべきものであるから、日本国破産法二四五条の準用により破産裁判所の専属管轄に属すると解すべきである。

別紙(二)  上申書

破産者 大映株式会社

原告管財人 上野久徳

被告 ZAVICHA

BLAGOJEVIC

右当事者間の破産債権不存在確認事件につき、原告は左記の理由により被告に対する訴状送達手続きのための翻訳文添付を必要としないものと思料しますので仏訳文又は英訳文の提出添付方を御免除賜わりたく上申致します。

昭和五〇年一二月一日

訴状記載のとおり被告は大映株式会社の破産宣告後も原告を相手どつて数次に亘る不当な破産債権の給付訴訟をフランス共和国の商業裁判所に提起しているが、かかる一連の訴状送達手続において翻訳文の添付は一切なく、フランス語を解せない原告は防禦上重大な不利益を甘受しているものである。一例として昭和四九年一〇月三〇日付提訴については、別件同様ASSIGN ATION と題する訴状兼呼出状のみがフランス語のまま送達されたにとどまり、原告において翻訳に苦慮し翻訳文(別紙三)ができあがつた頃にはすでに呼出期日の本年一月一五日を徒過し、何らの防禦をなしえないまま二月一〇日原告に一億二、五〇〇万ドルの支払を命じる第一審判決が下されるという経過であつた。この外にも原告が送達文書の内容を確知できぬまま欠席判決の下された例は枚挙にいとまがないほどである。

ところで訴状に翻訳文を添付すべきことは「民事訴訟手続に関する条約等の実施に伴なう民事訴訟手続の特例等に関する最高裁判所規則」第五条二項、第二条二項に定められている所以であるが、同規則は「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(批准日、日本国 昭和四五年五月二八日、フランス共和国 昭和四七年七月三日)の前文及び第五条の理想を具体的に規定したものに外ならず、翻訳文添付の必要性は条約締結後その理想とする両国民の互恵が担保されている状況をその存在の重要な前提としていると解すべきである。

しかるに前述のとおりフランス共和国から為された原・被告間の一連の訴状送達手続は同国の条約批准後であるに拘らず、原告の防禦利益を無視した一方的なものであり、翻訳文(英訳文すら添付されていない)の添付が一切ないので本件においては特に条約上の相互保証の実効を欠き、前記最高裁判所規則に定める翻訳文添付の必要性は存在しないものと考えられる。よつて頭書記載のとおり上申するものである。

別紙(三) 〈省略〉

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